Responsive image

私たちWOOD HOUSE DESIGNは、
長野県上田市を中心に活動するちいさなデザイン集団です。
「人とモノ、人と人を繋げるデザインを」

第4回 ありがた迷惑とT-バック

インターネットがごく当たり前の情報源となった現代においては、何かを知ることが極めて容易になっている。一方でインターネットを通じて提示される情報は、その正誤が不明確なゆえ、情報を受け取る側が情報の価値を見定める必要がある。つまり、インターネットの普及によって、「知識の量」よりも「知識の質」が求められる時代になったということだ。

 

人はしばしば知った気になるものである。知った気になると、たいていの場合何も考えなくなる。それはとても危険なことだ。

 

前回、T-バックのもつ不可解さについて述べる際、私はあえて「wikipedia」という語句を用いた。それに対し、このコラムを管理するT-1こと川端氏が何を思ったか、wikipediaのリンク先を勝手に貼りつけていたのだった。私からは何も指示していないにもかかわらずである。知られているように、川端氏の親切心はときとして行き過ぎてしまうことがあり、その場合、かなり高い確率で単に人を困惑させるのだった。

 

いわゆる「ありがた迷惑」である。

 

川端氏のためにもここではっきりさせておかなくてはならない。
私はT-バックについて何も知りたくない。いや、知ってはいけないのだ。
実をいうと私も、T-COLUMNを記すにあたり、何度か「T-バック」という単語を検索エンジンにかけたことがある。しかし、どのwebサイトも閲覧しなかった。すんでのところで、「知りたい誘惑」に打ち勝ってきたのである。なぜなら「知らないからこそ考え、書けることがあるはず」を信念としているからである。

 

私は信念の男だ。川端氏の行き過ぎた親切心によって貼りつけられたwikipediaのリンク先など決してクリックするもんか。こっちは信念をもってやってんだ。まったく、川端はなんにもわかっちゃいないんだ。

 

11月11日に更新されていた弟3回T-COLUMNを斜め読みしながらそんなことを心の中でつぶやいた次の瞬間、私の人差し指はマウスのクリック音を鳴らしていた。そしてその数秒後、目の前の画面に広がったのは、他でもないwikipediaのページだった。私の眼鏡の左右のレンズは、「Tバック」という大きな見出しとT-バックをはいた女性たちが並んでいる画像を煌々と反射させていたことだろう。私は、まぎれもなく「wikipediaでT-バックを調べている男」になっていた。川端氏の無自覚な「ありがた迷惑」にあっさりと乗っかってしまったのである。

 

「しまった。」

 

人は、何か失敗をしてしまったとき、「あ」とか「やべ」などと適当なことを言ってお茶をにごすことが多く、案外「しまった。」と口にすることは少ないが、今回私ははっきりと聞き取れる声で口にしていたのだ。

 

「しまった。」
「川端のやつめ。」

 

そう言いながら、私はwikipediaの記事を舐めるように読んだ。入った入った。乾いた大地に雨の滴がしみ込むように、私のなかにwikipediaからの情報がすいすいと入っていったのだった。ひとしきり読み終えると、私は傍らにあったコップの水を一気に飲み干し、心の奥でこうつぶやいた。
「知らないからこそ書けることもある。しかし、知っているからこそ書けることもある。」
信念の男は、静かにパソコンを閉じた。そして何に納得したのかわからないが深く頷いて、足早に去って行ったのだった。

バックナンバー

episode

▲To Top