そんな淀川が好んだのは、ジャッキーのような道化的俳優ではなく、シルベスター・スタローンやアーノルド・シュワルツェネッガーなどといったマッスル系の俳優たちだった。彼らは己の鋼の肉体を武器に、目の前に立ちはだかる敵を次々に倒し、必ず最後まで生き残るのであった。淀川は、彼らの生き様、その立ち姿に「かっこいい男」を見いだしているに違いなかった。そして私自身も、事実その「かっこいい男」に憧れていた。
私の考えでは、「かっこいい男」は決して漠然とした雰囲気的なものではなく、極めて具体的な個別的事例のなかに宿るものだ。分かりやすいところで言えば、「目を細めて煙草に火をつける」「夜、野外でたき火をしながら豆のような何かをかじりながらセンチメンタルなことを語る」「車をバックさせるときに助手席の頭受けに左手をやって、体をひねるようにして後ろを見ながらハンドルを右手で自在に操る」といったところであろう。例えば「ゴッドファーザー」は、そのような典型的な「かっこいい男」のみで構成された映画だと言っても過言ではないだろう。男なら誰しも一度は、暗がりの中で両頬にご飯粒をつめたまま葉巻がわりにお箸などの棒状のものをくわえて、マーロン・ブランドになりきってみたことがあるはずだ。あるいは、エスプレッソを慌ただしく一気に飲み干すデ・ニーロに憧れた者も多いのではないだろうか。私なんぞはそっちのクチで、「ゴッドファーザー」のDVDを見た直後に近くの喫茶店に出向き、普段絶対に頼まないエスプレッソを頼み、それにわざと口をつけずにしばらく手にした新聞を眺め、いい頃合いを見はかると何か用事を思い出したかのように立ち上がって一気にエスプレッソを飲み干すという、「ひとりデ・ニーロごっこ」を試みたことがあった。20歳のころだ。一度やってみた立場から断言できるが、「ひとりデ・ニーロごっこ」はとてつもなく寂しい気分になるので、やらないほういいと思う。何より、エスプレッソを一気飲みすると、ひどい胸焼けに襲われるから、体によくないと思う。まあデ・ニーロごっこの不利益については置いといて、「ゴッドファーザー」は、とにかく「男が男に惚れる」的な、淀川的なエレメント満載の映画であり、こういった類の映画を見た後は、つい真似をしたくなるというのが男の性である。
しかしながら、スタローンやシュワちゃんといったマッスル系の俳優が放つ「かっこいい男」は常人には決して真似のできないものが大半を占めているのだった。例えば「ランボー」では、スタローンが腕のところに負った深い傷を自分で縫合するシーンがある。あの強靭なスタローンが顔を歪めつつ「いてぇー」という意味の雄叫びをあげながら腕の傷を縫う姿には、男だったら誰しもしびれるはずだ。真似したい。痛いのはわかっているが、真似したいのが男の性である。そうして生まれたのが、針はないけれども指で針をつまんでいるかのような格好をし、痛がりながら縫合する真似をする「エア縫合」である。小学生のころの私は、部屋の片隅で何度「エア縫合」をしたか知れない。関係ないかもしれないが、昭和の喜劇人、由利徹の名人芸は、「縫い物芸」であった。「エア縫合」は、スタローンと由利徹を足して2で割ったハイブリッドな芸なのだ。と今思った。どうでもいいが。あるいはシュワちゃんにも「かっこいい男」はいろいろとある。例えば映画「コマンドー」のなかでのマシンガンぶっぱなしシーンはすごい。シュワちゃんの役はいつも無表情なので、無表情のままずーっとマシンガンをぶっぱなしているわけだが、顔とか体の筋肉及び皮膚組織がマシンガンの振動によって小刻みに震えているのである。小刻みにぶるぶるとふるえている無表情ほど珍妙なものはないはずだが、シュワちゃんがやるとなんだかかっこいい感じになっているから不思議である。これも真似したくなるのが男の性だ。やはり小学生のころの私は、部屋の片隅でTシャツを脱ぎ、黒い傘をマシンガンに見立て、「ドドドドー」と声に出しながら体を小刻みにふるわせながら、傘の先を左右に動かすのであった。いわゆる「エア乱射」である。
スタローンやシュワちゃんのかっこよさについて挙げていけばキリがないが、このようなマッスル系のかっこよさと対極にあるのがジャッキーの「道化的かっこよさ」である。もちろんジャッキーも世界屈指のアクションスターなので、スタローンやシュワちゃんと同様の「マッスル系」といえるかもしれないが、内実はそうではない。ジャッキーは、痛いのが嫌いだから決して自分で傷口を縫ったりなんかしないし、マシンガンの使い方なんか知らないから決して乱射などはしない。かといってデ・ニーロのようにエスプレッソなんという気の利いた飲み物を一気飲みするなんてこともしない。しかしサモ・ハンとしゃべりながら屋台のお粥を一気食いはする(「プロジェクトA」)。お粥はお腹にやさしい食べ物だ。胸焼けの心配はない。次回は、ジャッキーの「道化的かっこよさ」についてくわしく考えていきたい。