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私たちWOOD HOUSE DESIGNは、
長野県上田市を中心に活動するちいさなデザイン集団です。
「人とモノ、人と人を繋げるデザインを」

第11回 とりあえず書いとくか

私たちは無計画にマルエツに入り、そして必ずと言っていいほど発泡酒を買ってしまう。
「とりあえず買っとくか」
そう言って買うのはたいてい「麦とホップ」である。「とりあえずビール」という刷り込みがこんなところにも働いているのは、我々がいかに現代の表象装置であるかを証明する事実である。人は、「とりあえず」と言って車は買わないし、家も買わないだろう。かといってとりあえず茶器も買わないし、ましてやとりあえずキンカジューはないだろう。「とりあえず」ときたら、やはり「ビール」だ。私の場合、ビールではなく発泡酒ではあるが、いずれにせよ「とりあえず」が通用するモノは実に限られているのである。

 

「とりあえず読んどくか」

 

そう言って読んでしまうのは、たいてい「ブルータス」と決まっており、決して「トランジット」や「群像」ではない。なぜなら「トランジット」は旅行雑誌,「群像」は文芸雑誌だが、「ブルータス」は「ブルータス雑誌」だからだ。「ブルータス的とは何か」を毎回テーマを変えて掘り下げる。私たちは「今回もどうせブルータスなんだろ」と言いながら手に取り、「まったく、ことごこくブルータスだな」と言って斜め読みし、「もうわかったよ、かっこいいよブルータス」と言って閉じる。これが「ブルータス」という雑誌の読み方だ。そして「ブルータス」を読んだその日は、記事の内容そのままを飲み会などでしゃべって一時的な「通」を気取るのが人の常なのだった。「ブルータス」が「ワイン」を特集していれば、街にはソムリエが溢れ、「ブルータス」が「庭」を特集していれば、街には庭師が急増する。私たち日本人は今や、四季の変化を楽しむよりもむしろ「ブルータス」の企画内容に合わせて様々な人生を楽しむ民族だと言っても過言ではないだろう。

 

「とりあえず行っとくか」

 

そう言って行くのはたいていTSUTAYAである。「暇だから」という理由だけで人は安易にTSUTAYAに行くが、行ったはいいものの「何も観たいものがない」という状態は往々にしてあるのだった。TSUTAYAに行って何も惹かれるものがない状態で、DVDのケースをしらみつぶしにめくって裏面をチェックする作業を30分程度続けると、人の思考は停止すると言われている。「何を観ようかな」という主体的思考が消え去り、「何でもいいから1本借りて帰らなければ」という脅迫観念に駆られるのだ。これもT-カードの磁場が人体に何らかの影響を与えているからに違いない。

 

「とりあえず借りとくか」

 

そう言って、たいていの人は「酔拳2」を借りるのである。そして1週間後、「酔拳2」は、見事にDVDプレーヤーに一度も挿入されぬまま、返却ボックスに放り入れられることとなるだろう。人はジャッキー・チェンに対していつも無計画である。いや、計画的な人間がジャッキー・チェンの映画などを観るはずがないのだ。なぜなら、ジャッキー・チェンそのものが無計画な存在だからだ。ジャッキーの無計画性については書くべきことがいろいろとある。

 

「とりあえず書いとくか」

 

そう言って軽く書けるといいが、ジャッキーの話は長くなりそうだから次回にしよう。

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